ボツ  A WIND AFTER ALL

 

 冒頭〜最後までこんな感じでした…。

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 日付はいつ変わったのだろう。
 時間の経過を感知する機能が失われたのか。それとも自分が能動的に感じ取ろうとしていないからだろうか。
 今ミハエルを動かしているのは、急ごしらえの指揮系統で伝達される命令と、それを守らなければならないという職務意識だけだった。
 だから、今向かっているオズマからの呼び出しが何を意味しているのかを想像することもしなかった。
「来たか」
呼び出されたのはオズマの隊長室だった。扉が開いている。
 電力節約のため、セキュリティをかける必要がある部屋以外の自動ドアは、マニュアル開閉に切り替えられているか開けっ放しだった。
 この艦のどのあたりとも同じ、棚に上げていたものすべてが飛び出して雑然とした風景の中にオズマが佇んでいた。
 手元には口の開いたコンテナがあった。この部屋の整理を試みているものか、私物を撤収しようと詰めていたものか。
「悪いな、床のものは適当に踏んでいい」
「はあ…」
言われたもののできるだけ慎重に踏み込む。
「前置きはしない。早速だが話を始める」
そう言われて初めて、重要なことを告げられるのだと気づく。何てボンヤリだ。
「地球本部がお前を欲しいと言ってきた。次に本部が遂行する作戦でお前を頭数に入れて良いか二十時間後までに知りたいとのことだ。俺に回答をくれ」
一瞬、自分が言われているという自覚が持てなかった。
了解しました、と言った声は干上がって喉にくっついた。
「ひとつ質問があります。断る権利は、俺にありますか」
「ある。もうSMSフロンティア支部は戦時にない。しかも現在はほぼ無政府状態と言っていい。先に立ち上がった暫定政府との間に新しい契約がなされなければ支部ごと撤収する可能性もある」
 だから適材適所を図って武力を移動させる。その意図は言われてみれば当たり前のこととしてミハエルの胸に何の抵抗もなく落ちた。
 それに、支部の未来も定まっていないことは、ここで自分が断ったとしても、フロンティアからの異動を余儀なくされる可能性が残っているということだった。
「理解、しました」
自分がこの船団を離れる。考えたことがなかった。
 この船――今は名のない惑星に着陸し、二度と浮き上がることはないが――から自分が離れるということを、今まで考えたこともなかった。
 言われた今だってそのリアリティと言ったら、戦争で命を落とす想像より低いかも知れない。
 しかし今立たされている岐路そのものが厳然と決断を迫っている事実は変わりようがなさそうだった。資本主義は全く容赦がない。


 返事は容易に決められなかった。一晩が経過し、タイムリミットはあと八時間に迫っていた。午後二時までにオズマに答えを出さなければならない。
 柄にもなく焦っているようで、目が覚めてまず思ったのはその残り時間についてだった。
 昨夜のうちに暫定政府とSMSの間で新しい契約が結ばれたらしい。



 すべて、本当に起こったことなのだろうか。
 現実には何もなかったのに、誰かに意識を操られ、自分は早乙女アルトという名の美しい幻灯を見た気になっているだけなのではないのか。そう思ったこともあった。
 だが、そこにあったのは証拠だった。
 キャノピーが吹き飛ばされているコクピットを覗き込んだ。脱出装置の起動レバーが引かれ、EXギアはきれいにシートから外れていた――おそらくアルトごと。
 何て中途半端な証だろうか。
「くそっ――」
機体を殴った。
「スカル2、現況を報告せよ」
誰もが知りたくて、だがその反面決定的な何かが見つかるのを恐れている。期待と不安の入り交じったキャシー中尉の震え声は、既に職務を越えて仲間全員の代弁をしていた。
「上空から確認した機体に接触しました。間違いなくYF−29」
「コクピット内、及び機体周辺を捜索しましたが、早乙女准尉の存在は確認できません」
「了解」
相手はプロの声に戻った。「技術部から、YF−29の機体より複数資料を採集せよとの要請あり。アンジェローニ准尉からの指示をその位置で待つように」
これまた資本主義の冷徹さである。ミハエル自身は仕事でなければ立ち去りたかった。
「了解」
答えた後通信が切れた。
 知らない鳥の鳴き声が大きく聞こえ、ここが音のない場所だと思い知らされた。風が吹き、その囀りを歪ませる。
「――!!!!」
ミハエルはヘルメットを取ると、力の限り叫んだ。
その声は言葉ではなかった。しかし目的も意図も何もない声を彼はあげ続けた。いない、とだけ思った。
 

「ミシェル、いるか…?」
戸口の低いところから声がした。
寝台で頭をあげると、気づいてクランがこちらに近づいてきた。
「もういいのか?」
先ほどバカみたいに大声を出したから、すっかり声は嗄れていた。
 彼女とはしばらく会っていなかった。
「ああ」
元気いっぱいとはいかないが、体を動かすのに支障はないらしい。梯子をのぼって、ミハエルのそばにちょんと座った。
「食事はとったか?」
尋ねる彼女は、ゼリー飲料のパックを持っていた。もじもじ両手で遊ばせている。
「食ってないの知ってて来てくれたんだろ?」
「…うん。いつから配給が始まるのか、とりあえず今はこんなものしか艦にないが」

 時計を見た。
 リミットまであと二時間ほどとなっている。



「行きたくないのなら行かなければよいではないか」
クランの答えは明瞭過ぎた。
「組織の人間としてはおそらく、自分の才能が活かされる場所へお前が配置されたいと思うのを喜ぶべきなのだろうが」

「私は友人の不在を憂いて迷うお前のほうが…そ、そういうお前のほうが好きだぞ、私はっ」
小さな背中をより小さくして告げてくれた。
 ああ、そうだった。
 彼女は自分が何をしても否定はしない。しばしば文句や諌言はあるが、否定は絶対にしない。
 身体の横に置かれた小さな手に、ミハエルは自分の手を重ねた。彼女の手があまりに冷たくて驚き、無意識に深く握る。
「あ」
クランは一瞬手を引いたが、大きな手でやり込める。結局彼女は手を見下ろしたまま固まった。みるみる顔は赤くなっていったが、やはり手は冷たいままだった。

 

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 以上、お目汚しでございました…。

 

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