JUST THE WAY YOU ARE


【 国立競技場 12:13】

 人が出会うとき、楽しさや夢をうつし、
 変化に富んだ豊かな表情を重ね合わせていく。

 嬉しいときは嬉しいように
 悲しいときは悲しいように

 ――都営大江戸線月島駅構内パブリックアートより(以降斜線部同引用)


 平成12年12月12日は、都営大江戸線全線開業日である。
 だが、ミラクル☆トレインのメンバーにとっての位置付けは微妙に異なっていた。
 都庁と新宿には、ミラクル☆トレインのメンバーが自分たちの他に三人増えた日。そして線路が6の字に結ばれた日。
 両国、月島、六本木にとっては、全線開業日であると同時に自分たちの開業日であり、記念日という意味合いが非常に強い日だ。
 だが汐留にとっては、どちらも当てはまらなかった。
「つーまーんーなーいー!」
足をバタバタさせて大声を出す汐留に、月島が穏やかに尋ねる。
「どうしたのですか汐留くん」
「えっっらい機嫌がワリぃなぁ?」
反対からは両国が腕組みしたまま、茶化すように言う。
「…うん、そうだね…」
向かいの座席で、ノートパソコンのディスプレイから視線を上げた六本木は眼鏡を外し、同意とも何ともつかない声を出す。
 いつもと変わらない、と言えば変わらない、ありふれた風景。
 流れる景色はトンネルの闇、ときどき通過する駅のあかり。
 がらんとした車内、向かい合わせのシート、揺れる広告とつり革。
「だって!、十年前僕まだ開業してないもん。開業日だって今日じゃないし」
「そりゃあそうだが、お祭りなんて乗っかって楽しめばいいだけじゃないか。駅自身は開業日を選べないんだ、仕方ないだろ」
新宿が至極まともなことを言ったのが、また汐留の感情をこじれさせたらしい。ふくれっ面がついには横を向く。所詮勝てる相手ではない上に、特に今回は筋が通っていた。
 やれやれ、と、新宿が両手を広げたところへ、前方車両から都庁と車掌が入ってきた。
「本日の運行予定をお伝えいたします」
業務連絡をする車掌の隣から車内を見渡して、都庁は汐留の様子に気づいたらしい。目を厳しく細めて明らかに小言のひとつもある表情をする。
「今日は23時56分に、汐留駅よりお客様が乗車なさいます。汐留くん、よろしくお願いいたしますね」
「はーい」
無理矢理不機嫌をしまって汐留が返事をしたが、まだ納得できていない響きのある声だった。
「両国くん、月島くん、六本木くん」
車掌は三駅へ向き直る。「開業十周年おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「おうっ」
「ありがとう、ございます…」
三者三様に返事をして、探るように車掌の仮面の向こうを見つめる。どうせ瞳すら覗けるはずもないのだが。
「差し出がましいかも知れませんが、今日はさきほど説明した通り、お客様も夜遅くにおひとりだけです。せっかくの開業日ですから、ご自由になさってもよろしいのでは?」
車掌は口元だけを笑わせてそう言ったのだった。



 車掌の一言で、車内には、いきなり休暇じみた自由時間が降って湧いた状態となった。
「とりあえず、記念にもんじゃ焼きでも」
と月島が言い、他のメンバーの同意を得る前に、車両後方にボックス席よろしく、鉄板をセッティングする。
「記念っていうか、やりたいだけでしょ月島さん」
「ええ、そうです」
既に月島は隠すことすらしない。笑顔で油を鉄板に薄くのばした。
 具を炒める手つきに迷いはない。この淀みのなさが恐ろしいほどである。そしてそれがわかっていながら魔法にかかったように他のメンバーの視線が釘付けになってしまうのも、いつもと変わらない光景だった。
「月島さん、やっぱり上手だね」
「ありがとうございます」
月島の感情のポイントは他人と異なっていることが多いが、何故かもんじゃ焼きについてだけはものすごくストレートである。ただ、今回は少しだけ屈託のある表情を見せて続けた。
「でも、それはそうでしょうね。――もう十年もしていることですから。技術というより年季かも知れません」
「…」
「それに私は月島ですから。上手で、当たり前でしょう」
その引っかかる言い方に、汐留は、鉄板で沸き立つもんじゃ焼きから視線を上げる。そこに厭味に近い棘があったような気がした。
「さあ、召し上がってください。ハガシは行き渡ってますか?」
だが月島以外の面々が、明らかに不服そうな顔をしたり無表情になったり苦笑したりしながら、結局はもんじゃ焼きを食べてしまういつもの光景がそこに展開する。
 その中で、国立競技場駅通過の際、月島が一瞬だが外を気にしたようだった。
 六本木だけがそれに気づき、振り返って月島と同じ方向に目を遣った。だがその先には群衆しか認められない。今日はこの駅で全線開業10周年イベントが催されることもあってか人出が多いようだというくらいの印象だ。
「月島さん、何か?」
「ああ、いいえ…」
何故か悪いことが見つかったかのように少し笑った。「あの、国立競技場駅の近くには、競技場以外に何かありましたか?」
「うーん、東京体育館とか秩父宮ラグビー場、とか…」
国立競技場の副駅名は「東京体育館前」だ。六本木の回答の続きは都庁が引き取った。
「スポーツ施設以外であれば、大学病院がある。かの小暮裕太郎さんも入院したことのある、由緒正しい大学病院だ」
その屋上に、手術間もない小暮裕太郎さんが夫人と姿を現したときなど――と、都庁が悦に浸り始めたのへ月島は苦笑を返す。
「わかりました。ありがとうございます」
六本木が辿り切れなかった月島の視線の先には、反対側のホームに停車した車両に乗り込む和服姿の女性がいたのだったが、月島はそれが誰か気づいていながら語らず、その後自分が発した質問の意図ももちろん話さなかった。

To be continued.

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