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【 両国 15:44】

 未来は一年ぶりに、都営地下鉄大江戸線両国駅に降りた。

 改札を出て、あたりを見回してみるが、佇まいに変化はない。
 改札機が並ぶ正面には横綱土俵入りをモチーフとしたオブジェがある。そして、その手前には、子供向けの、記念撮影用の顔はめパネル。
 一年前、不思議な地下鉄に乗り合わせる直前、彼女はこの顔はめパネルに顔を入れた。
 縋る思いだった。
 その日、彼女は迷っていた。悩みを解決するために必死だったのではない。ただひたすら、決断をしなければならないと思いつめていた。
 失うことを恐れるあまり、それがもたらす結果が自分の望むものであるかどうかを考えられずに。
 その、不思議な地下鉄の車両に乗り合わせていた男たちは、未来の職業を知ると一様に目を輝かせて自分たちを占って欲しいと言ったのだった。
 ――じゃあ、星座占いでも…。お誕生日を教えていただけますか?
 ――誕生日?、っていうか、開業日は、2000年12月12日。俺と月島さんと六本木さんがおんなじ開業日。
 それで、この駅が十二月十二日生まれだということを知った。

 十二月十二日生まれは、西洋占星術の分類では射手座となる。
 射手座の男性の特徴は、まず喜怒哀楽が激しいことだ。残念ながらそれが周囲からの気分屋という評価につながることも少なくない。
 だが、小さなことにこだわらない性分や、裏付けのある自信と、周囲を良い方向へ引っ張っていく行動力に溢れており、そこに魅力を感じるひとは多く人気はある。自信の根拠は、過去の経験をもとに導き出した実績のあるものである場合が多い。
 恋愛に関しては、自分のペースで恋愛を進め、女性に対して積極的なアプローチができる。
 ――ということになっている。
 恋愛に関しては知らないが、この通りと言ってよい、カラッとした感じの良い男だった。
 未来は、意を決してその顔はめパネルの裏側にしゃがみ込むと、顔をそのぽっかりした穴に差し入れた。
 それが、自分を異世界に招き入れる扉と信じて――

「おっ?、またやってんな?、未来」

 快活そのものの声。
 パネルを通すと、まるで魔法のように、さっきまで誰もいなかったはずの構内の柱の前に、男の姿が見えるようになる。
 彼は柱に寄りかかって腕を組み、勝ち気そうなつり目を悪戯っぽく笑わせていた。あの日と変わりない様子だった。
「両国さん…!」
「どうした?、今日もゲン担ぎでこの両国にお出ましかい?」

 この男、名前を両国逸巳という。
 この両国駅の姿のひとつ。と、一年前に彼の言ったことを、未来は疑いもなく信じていた。

「あ、あの、いいえ」
「おう、それじゃあ何で?」
いかにも江戸っ子な物言いは性急な調子だが、両国はきちんと相手の言葉を待つことをする。未来もそれは知っていた。
 しかし今回は待たれると何となく言いづらい。
「うん?、どうした?」
「あ、あの、今日、両国さんお誕生日でしたよね?、それでお祝い言いたくって」
「えっっ」
驚いて瞬きした睫毛が意外に長い。
「えっ、すみません、違いました!?」
「いや、間違っちゃいねぇよ」
そして彼は、真っ白な歯を見せて笑った。

「よく覚えてたな!」

To be continued.

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