ギラギラサマー(^ω^)ノ 〜仇に恋せよ〜


1.

 かつてすべての人類が暮らしていた地球には、四季というものがはじめから存在していたという。一年365日というサイクルで気候と風物が自然と人間によって巡り巡らされていた。
 季節はつくられたものでしかない移民船団で生まれ育ったミハエルにとって、それは既に生物学上必ずしもなければならないものではない。知識として知らねばならない、いつ使うか知れない礼儀作法のような。付きまとうが、役に立たないもの。現に自分は年がら年中、半袖の制服で学校に行っており、季節は変わらないが何の不便もない。
 それでも、輝く太陽に青い海、白い雲とくれば、それに乗っからない手はないほど胸の奥底から期待感が沸き上がってしまうのは、それらが象徴する夏という季節がどのようなものかさえも、遺伝子に刻まれているからなのだろうか。
 ミハエルは、GPSの示す妖精の居場所に近づいていた。
 密林の茂みが切れ、急に広がる白い砂浜。――目を細めなければならないほど、いきなり光が大量に差し込む。
 その強い日差しをもろともせず、むしろそれに対抗するように輝きを放って。
 彼女は歌っていた。
 歌詞のない、やたら陽気な曲を。



 シェリルがいないと気付いたのはミハエルだった。
「アルト、シェリルは?」
アルトは、長い髪の毛をすっかり頭に固められ、その上から小道具のゴーグルを被せられていた。フロンティアはおろか銀河の歌舞伎ファンを悩殺してきただろう項の白さはまだ辛うじてうっすら色気を漂わせるが、首は少し重力に鍛えられてしまっているのがわかる。
 ああ、勿体ない、と本題から逸れる気持ちを慌てて押さえ、アルトの返答を待つ。
「…そう言えば、戻ってこないな」
 推測だが、戻ってこなくて都合の良いこともあったのだろう。だから敢えて探そうとしなかったのではないのか。
「お前なあ、シェリルについてるのが今日のお前の仕事だろ」
と、小言のひとつも口に出そうになったのへ、珍しくアルトが被せてきた。
「悪い、これからすぐに本番なんだ」
そりゃあ見ればわかるよ。
 やはり、芝居前のコンセントレーションには、あの苺ブロンドはいないほうが良かったらしい。しかも、寄越した視線は、明らかにこちらにその仕事を依頼している顔だ。
 アルトが取り出した携帯には、GPSの追跡画面が映されている。この艦の全景図に赤い点があった。それがシェリルの位置を示しているということは、言われなくてもわかる。
 どうなっても知らないぞ。――俺自身は気をつけるけど?
「わかった。俺は出番もう終わってるから」
ミハエルは溜め息して、その画面と自分の携帯を乾杯させる。SMSの特殊プロトコルで、アプリがミハエルの端末に移動した。



 ギャラクシーに、こんなに広い砂浜はない。
 シェリルは熱過ぎない人工の日の光を腕一杯に受け止める。
 ここは、ちょうど撮影が行われている桟橋とは、小さな湾を挟んで対岸になる。
 白い砂に波が寄せては返す。その中に足を入れたまま、この映画に提供する予定だった曲に大声で歌いながら詞をつけていた。――最も、歌詞がすべてできあがっても、この曲はボツになることはわかっている。
 ジョージ・山森監督は、ランカの歌う姿とその曲に惹かれて、彼女をマオ役に抜擢したというから、主題歌は彼女に似合う曲でなければならないだろう。この曲はランカに歌わせるにはあまりにも、初めから最後まで何もかもがあけすけだった。

 ふと、吃驚顔のアルトが瞼に浮かんだ。

 …まあ、夏用化粧品のCMにでも売り込めば無駄にはならないわよね。
 後でマネージャーのグレイスに、どこか化粧品メーカーに話をつけるよう言わないと、と、抜け目ない計画を巡らせていると、そこへ誰かが近づく気配がして。
 その相手が黒っぽいジャケットにカーキのパンツだと認識すると、ひとりでに口が名前を叫んでいた。
「アルト!」
遅いわよ、私をこんなに長い間放ったらかしにして!
 しかし返事は、呼んだはずの人物のものとは違う声で発せられた。
「――俺は、全くアルトに似ていないはずなんだが?」
笑うような、少し揶揄を含んだような物言いは、この男の構成必須要素なのだろう。
 鬱蒼とした熱帯の植物がつくる影から、白日の下に現れたのは、金髪の短髪。
 しまった。
 シェリルは、すぐさま自らの失態に気づく。
 うんざりして視線をその人物の顔に定めると、こちらに歩み寄ってくるのは案の定ミハエル・ブランだった。
 見慣れた学園の制服姿ではないのが新鮮な気がする。しかし、だから間違えたのだ。この撮影にSMSが全面協力しているという話だから、他の隊員もいることはわかっていたはずなのに。
 恥ずかしさをごまかして、思いっきり下から睨んだのだが、彼は、まあまあ、そんな、あからさまにガッカリしないでよ、と言った。「この近くで、脳症に罹ったヒュドラがひとを襲っている。だから」
「知ってるわ」
そのヒュドラに襲われたランカを、アルトが背負って連れ帰ってきたことも。上気した顔の彼女の腕は、しっかりとアルトの首に回されていた。
「じゃあ、向こうに戻ろう」
「イヤよ」
そう言う自分にミハエルはどんな感想を抱いたのか。しかし彼は、口元を少し笑わせただけだった。
「お願い。――もう少し、ここにいさせて」
戻りたくなかった。
 何故かはわからない。ということにしたい。
 ミハエルは考えるフリをしたが、やがて、心を見定めるような目で見つめられた。
「いいけど、ひとりにはさせてあげられないよ。さっき言った事情から」
言われて、シェリルは、彼が、友人としてではなく、仕事で自分を探しに来たのだとやっと気付いた。
「それでいいわ。あなたがボディガードしてくれるんでしょう?」
本当なら、自分の傍にはアルトがいるはずなのに。もともと彼は自分のドキュメンタリー番組のためにここに来たのだと思い出して、ふつ、と心に黒いシミができる。一瞬だけ、青い海と空には不似合いな暗くて重い感触。
 ただ、それを表に出して、周囲を戸惑わせることが得策ではないことを、トップスターは不幸にも心得ている。
 その“周囲”という範疇には言うまでもなく、クラスメートであり、これから護衛をしてくれるこの男も入っている。
「もちろん、そのつもりで来たよ」
 

To be continued.

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